千田潜水橋(ちだせんすいきょう)と「和合の心得」

潜水橋というのがあります。本格的な橋ではなくて、簡易な橋です。

川を渡るための最低限の設備しか作ってありません。それでも車が渡ります。

「潜水」というからには水の中に潜ります。

大雨が降って川が増水すると沈んでしまいます。だから潜水です。「もぐり橋」と呼んでいるところもあります。

車が通ると人とも交差できません。人が渡っているときは、その人が渡り終えるまで車は待っています。
なんだかのどかですから私は好きです。

 

西都市にもそんな潜水橋があります。一ツ瀬川の橋です。

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欄干はなくて、白い線が引いてあるだけです。怖い!

車1台何とか通れます。

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今までは堤防の上から眺めるだけでしたが、渡ってみようと思って車で渡りました。
渡り終わったところに、石碑が立っていました。黄色の矢印。

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この潜水橋の名前が知りたかったので、その石碑に橋の名前が書いてあるかと思って近づきました。ところが書いてあったのは橋の名前ではなくて文章でした。

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和合の碑・・・和合の心得

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内容を読んでびっくりしました。

なんだか私の胸にグサッとくる文でした。

例えば 

1、若し自分が、過ちで生じた不都合は、素直に認め反省すべし

 

1、自分が、犯した不都合を正当化するは、愚かなり

  生涯良心の呵責にさいなまれて生きねばならぬ

 

1、自分の思い込みや感情のみで、物事を解するなかれ 

  過ちや誤解を生ずることもある

 

これを読むと、なんと私の人生が自分中心だったのだろうと赤面の至り。

 

誰が建てた碑で、誰の文だろうかと思って碑の横やら裏も見ましたが書いてありませんでした。

この橋の名前とこの石碑のことを、渡ってくる人に聞こうと思って碑の横に佇んでおりました。師走の天気のいい日で、ぽかぽかの陽が降り注いでおりました。

川のこちら側は家が何軒も見えますが、小さな集落のようです。だから橋を渡ってくる人は少ないようです。

その間河原に下りて橋を眺めたり。

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しばらくして1台の軽自動車が潜水橋を渡ってきましたので安堵しました。

手を挙げて停まってもらいました。

運転していたのは若い女性で、助手席にはおばあちゃんが乗っておられました。

運転席の女性に

「すみませんがこの橋の名前を知りたいのですが」

と聞きましたら

「ちだせんすいきょうです。せんだと書いてちだと読みます」

と教えてくださいました。

この渡ったところの集落が千田と言うらしい。

ついでに

「すごい文章が書いてあるのですけど、この石碑は何ですか」

「うちのじいちゃんが建てた石碑です。全部自費で建てたんですよ」

びっくりしました。なんという偶然。私がたまたま止めたのが、私が知りたかった石碑を作った人のお孫さん?お孫さんのお嫁さん?の車。

 

「おじいちゃんが文章を作りましたが、私たちも入ってあっちがいいとかこっちがいいとか言いあって作ったのですよ」

「すごい文章でびっくりしました。おじいちゃんは何歳ですか」

「91歳で今も元気です。ずっとこの千田で親の跡を継いで農業をしてきました」

「石碑を作った人のご家族とここで会うことができたのも何かの縁、すみませんが記念にそのおじいちゃんの名前を聞かせていただけませんか」

「いいですよ、書きましょうか」と言って私の差し出した手帳に書いて下さいました。

その人の名は

隈江和男(くまえかずお)さん

市井の人。なんだかすごい人がいたもんだ。

 

「もうすこし上流には、千畑(ちばたけ)潜水橋というのもありますよ」

その日はいい人と巡り会って清々しい気分。

次に行ったのは千畑潜水橋、そしてそこの近くにあった千畑古墳。まだまだ県内には知らないところがいっぱい。